スペインを代表する料理と言えば、パエリャ、ガスパチョ、トルティジャ、があがります。中でも、トルティジャは、日常的に食べている国民食でしょう。どこのバルにも朝・昼・晩にあり、出来立ても、冷めても、美味しいです。美食評論家たちは、スペイン伝統料理のシンボル、食文化のアイコン、宝石と言い、トルティジャを使ったことわざがいくつもあります。1999年からは、美食の地サンセバスチャンで、トルティジャ・チャンピオン大会が開催されています。ソーシャルメディアでは、トルティジャ・クラブなるものに毎日、自慢の写真やレシピがアップされています。
材料は、じゃがいも、卵、E.V. オリーブオイル、塩です。玉ねぎを入れるか入れないかは、家庭、料理人の間で、意見が分かれます。真丸く、2.5~4センチくらいの厚みがあり、どっしりとしています。スペインの有名シェフ達は、新鮮で良い材料を使うこと、火入れに気を配りゆっくりと焼くこと、を強調します。 卵液が少し残るjugoso(ジューシー)の状態のものが多いですが、もう少し焼いたものもあります。
<材料 直径25㎝>
<作り方>
※ 玉ねぎを入れる時は、薄切りにして、E.V.オリーブオイルで軟らかく、茶色く色付くまでじっくり炒め、じゃがいも、溶き卵と混ぜます。ピーマン、きのこ、ソーセージも合います。
※ 暖かいものには野菜のトマト煮込み、冷めたものにはマヨネーズ・ソースを添えても、美味しいです。
※ バゲットのサンドイッチにもぴったりです。
*木製で片側に取手の付いた専用の蓋
トルティジャは、詳しく言うとスペインオムレツ (tortilla Española)、 じゃがいものオムレツ (tortilla de patatas)です。バターを溶かしたフライパンで溶き卵を寄せて半分に折り返し、真中が太く両端に向かって細いオムレツは、フランスオムレツ (tortilla Francesa) です。
メキシコのトルティジャは、とうもろこし粉を薄く丸く焼いた生地で肉、野菜、チーズを包んだタコスや、小さい三角形の生地を揚げたチップで、唐辛子とトマトのサルサや、アボガドのディップと食べます。
大航海時代の1527年頃、南米ペルーからスペイン南部のセビリア港にじゃがいもがもたらされました。低温や痩せた土地に適合して、北部地方に栽培が広がり、高い栄養価が質素な食を補いました。 ヨーロッパ諸国にも徐々に広まったものの、フランスでは花が観賞用で、芋は毒性がある悪魔の食べ物と信じられ、食用になるのが遅れました。18世紀から19世紀は、じゃがいもの疫病の蔓延で飢饉が起こり、戦時中は穀物不足でパンの代用に食べられるようになりました。
一世紀頃のローマ帝国時代には卵料理、16世紀初めには揚げた卵、の文献記述があり、この頃からスペインでもトルティジャという言葉が使われています。黄金世紀に食べられていた卵料理は、卵だけのオムレツや、ハーブ、ベーコン、チーズを入れたものでした。 じゃがいも入りトルティジャ誕生の、最も有名な伝説は、第一次カルリスタ戦争中(1833~36年)、スマラカレギ将軍が、北東部のナバラ地方で空腹を満たすために寄った質素な宿には、じゃがいもと卵しかなく、有り合わせでトルティジャが作られた、と言うものです。
スペインで最も広く読まれている新聞 El País で、30年以上、美食ジャーナリストの、ホセ・カルロス・カペルさんの著書に、「Homenaje a la tortilla de patatas (じゃがいものトルティジャへのオマージュ(敬意)」があります。 295ページのハードカバー装丁は、卵の黄身の真黄色、帯は赤です(黄色と赤はスペイン国旗の色です!)。 トルティジャの伝統、じゃがいも、卵、オリーブオイル、塩について詳しく書いています。また、革新的な料理で世界をけん引するスペイン流に、トルティジャも進化していく、と強調しています。
カペルさんは、2003年から毎年、輝かしい受賞歴、料理アカデミーでの講義、コンクール審査員、著書、料理番組で、スペイン料理界に影響力のある、レジェンドと新進気鋭の料理人が、料理哲学、革新的技術、トレンドを語る 「マドリッド・フュージョン」 という美食イベントを開催しています。同年に出版した本には、当時フランスのミシュランガイドで、合わせて22の星を持っていた、12人のシェフが、トルティジャへの思いと、5つずつのオリジナル・レシピを寄せています。
キャビア、フォワグラ、トリュフや、既製品のポテトチップを使ったもの、茹でたじゃがいも、クリーム、オリーブオイルをミキサーにかけ、サイフォンでエスプーマ(泡状)にして、炒めた玉ねぎ、サバイヨン(乳化した黄身)と、カクテルグラスに盛り付けた「脱構築トルティジャ」、薪火で薫香をつけたもの、など、シンプルで丸いトルティジャの概念を覆すものばかりです。
フェラン・アドリア (エル・ブリ、1997年から2011年の閉店まで3つ星)
トルティジャの思い出は、幼少期の母親のトルティジャと、兵役時代のものです。 兵役の調理部で、週に一度、3,000個のトルティジャを同僚と焼くのが大変でした。一番高くひっくり返す競争が楽しかったです。エル・ブリで、スタッフがポテトチップでもできるのではと言った時は、まさかと思いましたが、薄い塩の味付けで試すと美味しくできました。
アンドニ・ルイス・アドゥリス (ムガリッツ、2000年1つ星、 2005年~現在2つ星)
トルティジャの想い出は、数えきれないほどあります。材料は卵、じゃがいも、オリーブオイル、塩だけで、誰の経済的負担にもならず(まずいピザよりトルティジャを食べた方がいいのに!)、特別な道具も技術も要りません。トルティジャを食べている人たちの間には、会話と人の輪が広がりますが、それこそが社会だと思います。
ヒラリオ・アルベライス (スベロア、 2つ星)
卵料理で、最も日常的でスペインらしく有名なのは、間違いなく、じゃがいものトルティジャです。私は玉ねぎを入れます。料理人としての使命は、伝統的な材料に新しさを加え、ガラスの器で出すような洗練されたスタイルのトルティジャも生み出すことだと思います。でもやはり、山にハイキングに行った日の温かな夕暮れ時、木陰で小川に足を浸して涼んでいると、本当に!食べたくなるのは、伝統的なトルティジャで、それに一杯のシドラ (りんご酒) があれば満足です。
マルティン・ベラサテギ (Martin Berasategi、1993年1つ星、1996年2つ星、2002年~現在 3つ星)
子どもの頃、スペインは豊かさとは無縁で、皆つましい生活をしていました。母親と叔母の気取らないレストランで、いつも興味深く見ていると、朝早くから働き詰めの労働者が、つかの間の休憩に食べるのは、トルティジャでした。食べ疲れない優しい味、労働の活力源の炭水化物と脂質が豊富で、安くて、良い事ずくめですから。休日の夜には、寛いだ学生、年金生活者、カップルや夫婦が食べていました。私が最初に覚えた料理もトルティジャですが、私と母、叔母にとって大事なのは、豪華な料理や、ミシュラン的な流行よりも、労働者たちに心を込めて美味しいトルティジャを作ることでした。ずっと努力を続けているのは、私自身がそういうトルティジャを食べたいからです。
ジョアン・ロカ (El Celler de Can Roca、1995年1つ星、2002年2つ星、2010年~現在3つ星)
子供の頃、朝目が覚めると、トルティジャのいい匂いがしました。母と祖母が最初に教えてくれた料理もトルティジャです。2人の弟たちと調理学校にいた頃、朝食のパン・コン・トマテとトルティジャを、毎日生徒が交代で作って、ほかの生徒はその出来栄えを手加減なしにあれこれ言うので、当番の日は緊張したものです。
カルメ・ルスカジェダ (サン・パウ、1991年1つ星、1997年2つ星、2009年~2018年の閉店まで3つ星)
私の家の思い出のトルティジャは、季節の野菜や他の食材のものですが、間違いなく、じゃがいものトルティジャがスペイン料理の代表です。丸くてなめらかな表面の焼き色が光っている、トルティジャは誘惑的で、皆でフォークでむさぼるように食べていると、知らず知らず、どこのトルティジャが一番美味しかったかという話になります。その絶品を皆で食べに行っては、また分析して、褒めたり、けなしたり、議論になるのです。
日本でピンチョスを拡め、CEJでもご紹介しているL’ESTUDI レ・ストゥディ、BIKINIチェーン店のBIKINI MEDI、BIKINI PICAR、BIKINI 赤坂のジョゼップ・バラオナさんは、日本でピンチョスを拡め、マヨネーズの本で、じゃがいもの他、きのこ、ほうれん草、パプリカピーマン、パカラオ(タラ)、えび、なすのトルティジャを紹介しています。 ぜひ日本のスペインバルやレストランで、トルティジャを味わってください!