スペインの暑い夏を乗り切るために、スペイン料理には冷製スープが欠かせません。その中でも特に人気のあるのが「ガスパチョ」と「サルモレホ」です。これらのスープは新鮮な野菜をふんだんに使用し、健康的でさっぱりとした味わいが特徴です。本記事では、ガスパチョとサルモレホの違い、それぞれの作り方、そしてスペインの食文化における重要性について詳しく解説します。
いろいろな研究を大筋でまとめると、古くはローマ帝国の時代に水に浸した古いパン粉のスープを食べる習慣がありました。イベリア半島で最後のイスラム王朝として、スペイン南部アンダルシア地方のグラナダを統治したナスル朝(1230年~1492年)の歴史的文書に、アラブ人がパン、油、酢だけのスープを野外で楽しんでいたと記されていました。イベリア半島の他民族の羊飼い、兵士、農民なども、乾いたパンを水に浸して手で潰し、にんにくを潰したものや、玉ねぎのみじん切り、油と混ぜて食べていました。
15世紀から始まる大航海時代の16世紀頃、中南米、特にメキシコとペルーから、トマトやピーマンの原種の唐辛子がスペインに入って来るようになると、それらも混ぜて食べました。
パンが焼かれたのはせいぜい週に1度くらいの時代には、パンは硬くなり、水分で柔らかくしなければ食べられなかったでしょう。大航海時代、アンダルシアの港湾都市セビリアが栄え、トマトやピーマンなど新大陸からの野菜はこの地にもたらされました。港町のウエルヴァや、コルドバ、マラガなどの周辺はワインの一大産地でしたが、当時はワインを安定化するのは難しく、酢(ワインヴィネガー)ができ多くあったと考えられます。そしてスペイン南部はオリーブの主要な産地です。
こうしてアンダルシア地方でガスパチョの原型が生まれたと言うのは、うなずけます。19世紀初頭には、質素ながら栄養価が高いガスパチョは、暑いアンダルシアの農民と日雇い労働者に欠かせないものでした。
以後、発展を遂げ、スペイン中で季節を問わず食べられる国民食になりました。パンはもはやメインの材料ではなく、入れずに作る、あるいはとろみをつけたい場合に少量入れる程度になっています。高級ホテルや星付きレストランなどでは、美しく盛り付けられたガスパチョが提供されています。
ガスパチョは、アンダルシア地方発祥の冷製スープで、トマト、キュウリ、ピーマン、タマネギ、ガーリック、パン、オリーブオイル、酢、塩をブレンドして作られます。その鮮やかな赤色とフレッシュな味わいが特徴で、暑い夏の日にぴったりの一品です。一般的には、冷たく冷やして提供され、キューブ状に切った野菜やクルトンをトッピングとして添えることが多いです。
サルモレホもまたアンダルシア地方、特にコルドバ発祥の冷製スープです。基本的な材料はガスパチョと似ていますが、サルモレホの方がクリーミーで濃厚なテクスチャーが特徴です。違いは、材料がパン、トマト、にんにく、E.V.オリーブオイル、酢、塩だけで、ピーマン、きゅうりや水を入れない事。パンをたっぷり入れるので、スープというよりも、もったりとしたピュレ状で、スプーンやパンですくって食べます。 サクサクに揚げた茄子にソースのようにつけて食べてもとてもよく合います。トッピングには、ゆで卵の刻みやハモン・セラーノ(スペインの生ハム)が一般的です。
ガスパチョの作り方は非常に簡単です。以下に基本的なレシピを紹介します。
サルモレホの作り方もまたシンプルです。以下に基本的なレシピを紹介します。
これらの冷製スープはどちらも栄養価が高く、特にビタミンCやリコピンが豊富に含まれています。ガスパチョは低カロリーで、たくさんの野菜が摂取できるため、ダイエット中の方にもおすすめです。一方、サルモレホはパンとオリーブオイルの使用量が多いため、エネルギー補給に適しており、運動後のリカバリー食としても優れています。
ガスパチョとサルモレホは、スペイン文化においても重要な役割を果たしています。特に夏の間、これらのスープは家庭料理やレストランのメニューに欠かせない存在です。スペインの家庭では、暑い日に冷蔵庫にガスパチョが常備されていることが多く、簡単に作れるため、家庭料理としても親しまれています。サルモレホは特にコルドバで愛されており、地元の伝統的なレシピが受け継がれています。
この大胆さには圧倒されてしまいますが、実はこれは、スペイン人の生活の中でのガスパチョというものを、よく表しているかもしれません。 スペインの夏はとても暑い! ぐったりして、火を使う料理をするのは嫌だけれど、ガスパチョなら、トマト、きゅうり、ピーマン、玉ねぎ、にんにくを、水、オリーブオイル、酢と一緒にミキサーに放り込んで回すだけです。
仕事や子どもの送り迎えで時間がなくても、料理が面倒でも、短時間で作れる上、色の濃い野菜のビタミン、にんにくの滋養強壮効果、オリーブオイルの抗酸化作用などが得られます。 今で言う、地中海式ダイエットにも通じています。
招かれざる客に対してさえ、ガスパチョを振舞うとは、日本で言えば、お茶を出すような感覚の飲み物なのでしょう。 ガスパチョはレストランや自宅のテーブルに座って、スープ皿とスプーンで「食べる」ものとは限りません。コップで「飲む」ことができるくらいの、さらっとした濃度です。
そして、夜が更けるまで仲間とわいわい楽しむのがスペイン流で、長いスペインの一日の、栄養補給になります。
このような、手軽さと、スペインの気候風土にあった飲み口が、根強い人気の理由なのでしょう。
スペイン映画界の巨匠、ペドロ・アルモドバル監督の、30年ほど前の出世作 「神経衰弱ぎりぎりの女たち」 という映画の中で、ガスパチョが出てくる場面が3回あります。まずカルメン・ラウラ扮する、不安とイライラをかかえた女主人公が、マドリッドの自宅のキッチンで、雑にトマトを切り、出来たばかりのガスパチョをミキサーから、いきなりぐいっと飲むシーンです。
そして、別の日に彼女の家に友人たちが集まっていると、事件が起こり、動揺した1人が、からからの喉をうるおそうと、あわてて開けた冷蔵庫にガスパチョを見つけ、これまた大きなピッチャーから直に一気飲みをするシーンです。
最後は、恋敵と捜査目的の2人の警察官が家に押し入って来て、彼らにガスパチョを振舞うシーンです。
ガスパチョとサルモレホは、スペインの暑い夏を乗り切るための代表的な冷製スープです。それぞれの特徴や作り方、栄養価、文化的背景について理解を深めることで、スペイン料理の魅力をさらに感じることができるでしょう。アンダルシア地方を訪れた際には、ぜひ本場の味を楽しんでみてください。