スペインで街を歩くと、あちこちからにんにくとオリーブオイルの食欲をそそるなんともいいにおいが漂って来ます。にんにくは潰したり、薄切りやみじん切りにして、オリーブオイルに香りを付けたり、炒めたり、煮込んだりして、スペイン料理に最も多く使う香味野菜です。 スペイン語でにんにくはアホ(ajo)と言います。 これまでにご紹介した、アヒージョ(ajillo)、パン・コン・トマテ、ガスパチョはにんにくを使った代表的な料理です。パエリャには、まずオリーブオイルを熱して香り付けに使ってから、そのまま他の材料と一緒に調理され食べますし、イカ墨のパエリャや極細パスタのフィデウアのパエリャなら、マヨネーズに似たにんにく風味のアリオリソースとして添えて食べます。 スープや煮込みが美味しくなる寒い季節には、スペイン伝統のメニューが豊富にありますが、その多くににんにくが入っています。暑い季節なら、冷たいにんにくのスープのアホ・ブランコが、トマトのガスパチョと並んで人気があります。 そんな訳ですから、スペイン人の家のキッチンには、数個単位のネット入りや、紐の数珠つなぎで買ってきたままのにんにくが吊るしてあったり、バスケットに積んであったり、素焼きで蓋つきの壷に入れてあったり、どの家でもにんにくを欠かさないようにしています。スペインバルやレストランだけではなく、アパートの建物に入った途端、いつでもにんにくとオリーブオイルのにおいがして、それはもう染み付いていると言う感じです。 スペインでは、生のにんにくのほか、セミドライやドライのもの、加工品は、乾燥にんにくや、スパイス・製薬用のパウダー、オリーブオイルやピクルス液に漬けたものも売っています。にんにくを発酵させた黒にんにくもあり、料理に使うほか、ややドライフルーツのような味わいを活かして、ビスケットなどのお菓子に混ぜて焼いたり、パンと一緒にそのまま食べたりします。 ソパ・デ・アホ (にんにくのスープ) スペインに数あるスープの中で、ソパ・デ・アホは、最もシンプルな伝統料理です。古くは、硬くなったパン、にんにく、オリーブオイルを、水で煮ただけでできる、安上がりで栄養価が高い、庶民が厳しい冬を生きる糧でしたが、19~20世紀には都会で夜遊びのあとに、ブイヨンスープで煮て、卵や生ハムを入れたものが食べられていた記述があります。古風なスープのレシピが、今も多くの料理本に受け継がれています。 ソパ・デ・アホは、中央部カスティーリャ高原、北東部アラゴンの一部、南部のアンダルシアと南西部エストレマドゥーラの典型的なスープですが、レンテハス(レンズ豆)の煮込みと同じように、スペイン中にその土地の食材を加えたヴァリエーションがあります。タラを入れたバスク風、きゃべつ、長ねぎ、トマト、パセリ、ピーマンなどの野菜を入れたマジョルカ風、きのことクミンを入れたソリア風、トマトと胡椒を入れたリオハ風・・・。 他にもまだまだあります。 基本のソパ・デ・アホは、とても簡単に美味しく作れます。日本でも、タパスバルやスペイン料理レストランで食べられますので、これからの寒い季節に、あつあつのソパ・デ・アホを、スペインワインと合わせて楽しんでください。 ソパ・デ・アホの基本のレシピ <材料(4人分)> ・ にんにく 3片 ・ E.V.オリーブオイル 大さじ 3 ・ バゲットなどのパン(硬くなったもの) 8切れ(1㎝厚さ) ・ パプリカ・パウダー(甘口) 小さじ2 ・ 水 600~800ml ・ 卵 4個 ・ 塩・胡椒 適量 <作り方> 鍋にオリーブオイル、スライスしたにんにくを入れて、弱火で炒めます。 にんにくから香りが出て、少し焼き色がついたら、パンを入れ、裏返し両面に油を染み込ませ、色をつけます。にんにくを焦がさないように気をつけます。 一度火から下ろして、パプリカ・パウダーを加え、焦がさないように、手早く全体を混ぜ合わせます。 水を加え中火にかけ、パンを少し崩すようにして、10分ほど煮ます。 塩・胡椒で味を調えます。 卵を割り入れ、火を止め、余熱で半熟状になるように火を入れ、卵をくずさないように器に盛り付けます。 ※ パプリカ・パウダーは焦げやすいので、火を止めて加えます。 ※ 水に替えて野菜や肉類からとったスープや、分量の水に固形ブイヨン1個を加えて煮ると、旨味が増します。 ※ 生ハムの切り落とし(40~80g)を刻んで加えれば、ソパ・カスティリャ-ナ(Sopa Castillana)と呼ばれる、少し贅沢なスープになります。3.のパプリカ・パウダーを加えるタイミングで入れます。 ※ スペインでは卵は溶かずに加え、崩しながら食べますが、溶き卵を入れても良いでしょう。 ※ パンは通常は前日から残ったフランスパンを使いますが、食パンなどを、4等分くらいに適当な大きさに切って入れても作れます。 ※ パンをオリーブオイル、にんにくと一緒に炒めずに、トースターでカリッと焼いて、皿に入れ、スープを注ぎ入れても、違った味わいが楽しめます。 ※ パプリカ・パウダーは甘口のかわりに、辛口を入れることもできます。 ※ シェリー酒を少し加えればさらに風味が増します。 にんにくの産地 世界のにんにく生産は、中国が75%近く、続くインドが9~10%で、この2国が85%近くを占めます。それ以下の生産国は僅かずつですが、スペインは6位くらいで、日本の37位くらいよりもずっと上で、EUでは最大のにんにく生産国です。 スペイン産にんにくは、生産量は世界の1%に満たないものの、輸出量は中国に次ぐ第2位です(8割近くが輸出向け)。日本の生鮮にんにくのおよそ半分以上は輸入品ですが、輸入の90%以上を占める中国産に次いで、スペイン産が第2位で、2021年は約9%でした。つまり日本で流通する生のにんにくの3-5%がスペイン産と言う事になります。 モラード種(紫にんにく)は、一般的な白いにんにくとの違いが目立ちやすいことや、スペインのブランドにんにくのイメージを世界に広める積極的なプロモーションの効果で人気が高まり、2015年に日本でアメリカを逆転して2位になることに貢献した品種で、さらなる伸びが期待されます。 概して、中国産は日本産に比べ、1個も皮の中の粒も小さ目ですが、日本での価格は1/3から1/10程度なので、風味付けや、調味料として気軽に使えます。スペイン産のにんにくは、日本で最も生産量が多く、品質の評判も高い青森産の、丸く大粒で、みずみずしく、フレッシュな果実のようなにんにくと比べても、それほど変わらない大きさで、香り、味、質感も良く、価格では1/3程度でお得感もあります。 スペインのにんにくの産地 スペインのにんにくの生産は、特に中央部から南部で盛んで、中央部からやや南のカスティーリャ・ラ・マンチャ州で全体の半分以上、南のアンダルシア州で1/4程度を生産しています。 カスティーリャ・ラ・マンチャ州クエンカ県のラス・ペドロニェラスには、スペインのにんにくで唯一のIGP(地理的表示保護)に認証登録されたモラード種(紫にんにく)のIGP Ajo Morado de Las Pedroñeras があります。 アンダルシア州は、コルドバ県の生産量が多いですが、1990年代からの比較的新しい大規模農家によるものです。 スペインのにんにくの品種